連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十六章

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16-10

 足が痺れてきた。息も苦しい。どこをどう走っているかわからなくなり、全身の力が地面に吸い取られていく気がして、健太郎は草のなかに倒れ込んだ。空がぐるぐるまわっている。目を閉じると、今度は自分がまわりはじめた。深く息を吸って吐くことを繰り返した。物寂しい草の匂いとともに、悔やむような気分に引き込まれかけている。心の奥が寂しさとも悲しみともつかない色に染まっていく。一人取り残された気分で時間だけが過ぎていった。「アツシ」という名前だった。その面立ちを、すぐには思い出せない気がした。
 何かがやって来る気配がした。物音よりも静かに、ひそかな息遣いのように近づいてくる。人だろうか、動物だろうか。危害を及ぼすものなのか。彼の上にある空は白っぽく光り、薄い灰色の雲が何かに追われるように速く走っている。気温が下がり、空気が冷たくなった気がした。叫び声のようなものが聞こえた。人間の声だろうか。空耳かもしれない。またしても吉右衛門爺さんの呪術にかかろうとしているのだろうか。
 健太郎はようやく草の上に置き上がった。風が出て、野原の草が一面に波を立てた。空が暗くなってきた。まわりの景色がぼんやり霞んでいる。すると草原の彼方を、大勢の人が歩いているのが見えた。隊列をなした兵士のようだった。誰もが肩に鉄砲を担いでいる。鉄帽をかぶり、足にはゲートルを巻き、雑嚢を背負った完全装備だ。誰もが無言だった。ただ真っ直ぐに前を見据えて歩いていく。どの兵士も、肩のあたりが仄かに光っている。
 冷たい風が草の上を渡り、雲と霧が切れ切れに流れていく。そのなかを兵士たちは黙々と進軍をつづける。草原を抜けて丘の向こうへ歩いていく。ここからだと一人ずつ草のなかに消えていくように見える。消える間際、彼らは何かに姿を変えるようだった。健太郎には黒褐色の野犬が見えた。目を擦り、あらためて眼差しを向けたとき、すでに兵士たちの姿はなかった。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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