連載書き下ろし小説
なお、この星の上に
写真:川上信也
プロデュース・ディレクション:東裕治
昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?
第十五章
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15-7
風が草の葉を小さく揺らして吹いていった。誰かが歌をうたっている。最初は人の声かどうかわからなかった。木々のざわめきのようでもあり、山の谺のようでもあった。何かがやって来る。静かに明るいものが、小屋の前の道を通ってやって来る。心の闇と沈黙を抜けて近づいてくる。そして彼の心に触れようとしている。
清美は健太郎に気づいて足を止め、
「なんやの」と咎めるように言った。「なんでここに健太郎がおるん」
「おったらいけんのか」
何かを見つけたと思った。落し物を見つけた。ずっと昔に失くしたものが届けられたような不思議な気分だった。
「ここはうちの秘密の場所じゃよ」
まるで自分だけの場所と言いたげだ。
「墓場がおまえの秘密の場所か」
それには答えずに、
「こんなところでなにしよるん」と再びたずねた。
「わしの秘密じゃ」健太郎は相手の言葉をそのまま返した。
遠い草原に風が起こり、一人の少年が駆けていく。美しい馬を追いかけていく。そんな情景が頭をよぎった。
「墓参りに来たんか」健太郎はたずねた。
「違う」からかわれたと思ったのか、清美は少し怒ったように答えた。
しばらく迷う素振りを見せてから、健太郎の横に腰を下ろした。地面に生えた草は秋の日差しを浴びて暖かかった。近くの雑木林が色づきはじめている。緑が薄くなり、赤や黄や茶色の葉が重なり合って秋の日差しを浴びている。
「考えごとをするとき、うちはここへ来ることにしとるのよ」と清美は言った。
「おまえは変わっとるな」
「なせか」
健太郎は相手の横顔をちらりと見て、「墓場でどんな考えごとをするんか」とたずねた。
「いろいろ」
「そのいろいろが聞きたいのやが」
「教えんよ」
起伏の緩やかな広い谷になっていて、前方に冬支度を終えた田んぼが広がっている。田んぼのなかに林が在し、木々のあいだから農家の建物が屋根だけが見えていた。谷のなかほどを川が流れ、谷全体が山に抱かれる恰好になっている。
不意に清美が名前を呼んだ。彼は振り向いた。
「最近、なんやらぼおっとしとるね」大人びた口調で言った。
「いらん世話じゃ」
「将来のことはきまったか」彼女は聞き流してたずねた。「迷うとったやろ、進学するか就職するか」
「猟師にでもなろうかの」健太郎は投げやりに言った。
清美は本気にしない様子で、
「武雄じゃあるまいし」と言った。「いま武雄は新吾の兄ちゃんのところにおるんやろ」
「もう学校には出てこんかもしれんな」
「そういうわけにはいかんよ。中学は義務教育やけん」
四角四面の答え方がおかしかった。
「武雄には通じん理屈だの」
片山恭一
愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。
川上信也
1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。
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