連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十五章

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 言葉とは裏腹に、先ほどよりも目つきが鋭くなっている気がした。その眼差しが語ろうとして語りえないものを、健太郎は読み取ろうとした。父は長く口を開かなかった。部屋の空気が薄くなった気がした。大きく息を吸い、ゆっくり吐いた。この父と自分はつながっているという、息苦しい思いが健太郎の心を占めていた。父が生きた時間は自分のなかにも流れている。その時間をありありと感じた。
「綾子は民主主義が好きみたいだの」
 脈絡のないことを言って、父は手入れを終えた銃を広げた新聞紙の上に置いた。それまでと変わらぬ穏やかな声であることに健太郎は安堵した。父は二丁並べて置いた銃を静かに見ている。しばらく時間が過ぎた。やがて食卓の上の煙草を取って火をつけた。
「生きて帰れるとは思うてなかった」淡白な声で言った。「そんなことを思うてはならんかった」
 健太郎はもの問いたげに父を見た。父は食卓に肘をついて、美味そうに煙草を吸っている。そこにいるのは、いつもの寡黙な父だった。
「いま学校では命は何よりも大事なものと教えよる」長く煙を吐いてから父は言った。「人の命も自分の命も大事にせなならん。民主主義ではそうなっとる。間違ってはおらんし、そっちのほうが本当やろうと思う。わしらのころは命は軽いものでね、いつでも捨てられるように準備しておかねばならんものやった。自分の命を大事にする者は臆病者と言われた。民主主義やなかったけんの」
「軍国主義か」健太郎は耳障りな言葉を挟んだ。
「人間の考え方はころころ変わるものでな」
「民主主義が嫌いなんか」子どもみたいな問いを投げると、
「別に嫌いやない」さり気なく答えた。「軍国主義よりはずっとええものやと思う。ただ、ええことと悪いことが、あんまりころころ変わるのは困りものやな。そのうちに何がええことで、何が悪いことかわからんようになるかもしれん。一人ひとりが勝手に、ええことも悪いことも判断するようになれば世の中は乱れる」
 父はあいかわらず食卓に肘をついて、どこか遠いところを見るような目で煙草を吸っている。そんな父が、健太郎には見知らぬ人のように眺められた。
「民主主義は悪いものではないが、わしらにはなかなか馴染まん言葉でな」煙草をくわえた顔を、手入れを終えた銃器のほうへ向けてひとりごとみたいに言った。「迂闊に馴染んではならん気もする」

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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