連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十四章

最初から読む <

14-2

 事務室からドア一枚隔てた六畳ほどの部屋で、家族三人が寝起きしているという。
「そら不便だの」
「長く居るつもりはなかったから」
「東京には自分の家があるのか」
 当面の消息をたずねてしまうとあとがつづかない。黙って歩きつづけていることが、健太郎には苦痛に感じられた。その沈黙によって、自分が責められている気がした。今日、昭に会っておこうと思ったのは、いくらか贖罪の気持ちもあったのかもしれない。
「それにしても迷惑な話だの」いまさらながらの言葉を向けると、
「家に火を付けるなんて、どうかしているよ」相手はもう済んだことだという口ぶりで返した。「日照りがつづき空気だって乾いている。燃え移ることは考えなかったのかな。強い風でも吹いていれば大火事になりかねない」
 被害の当事者でありながら、妙に合理的なことを言っているのがおかしかった。さすがは技術者の息子だと思った。
「村の大人らは、みんなおかしゅうなっとるのよ」健太郎はとりなすように言った。「エランのせいで村中がおかしゅうなっとる。なんであんなものがお山に埋まっとるのかと思うことがある。どっか別のところに埋まっとればよかった」
「エランに責任はないよ」昭は大人びた口調で言った。
「そうだの」健太郎は曖昧な相槌を打った。
「小さな原子なかには途方もないエネルギーが蓄えられている」昭は歩きながら難しい話をはじめた。「うまく取り出すことができれば、いろんなことに利用できる。電気を作って、みんなの暮らしを豊かにすることができる。でも間違った使い方をすれば、多くの人を殺すこともできる。価値のあるものほど危険も大きい。だから慎重に扱わなければならない。そのための研究や開発をしているってことが、ここの人たちにはわからないらしい」
 腹を立てているというよりは、どこか諦めたような口ぶりだった。
「わからんわけではないのだろうが」健太郎のほうは村の人たちを庇いたい気持ちになっている。「ここらの暮らしは元来がゆっくりしとる。急に変わることには慣れとらんのよ。少しずつ変わっていくなら、村の人らも受け入れることができる。ところがここ数年は新しい道ができたり、橋が架かったり、知らん人が大勢やって来たり、山が形を変えるほど切り開かれたり、何もかもが急速やった。そういうことには慣れとらんのよ。あんまり急に変わると、自らの暮らしが壊されていくと感じるのやないかの」
「わかってないんだ。大人も子どもも」昭は思いがけず強い言葉で断じた。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

Copyright © bokuralab Design by Yuji Higashi