連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十四章

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14-1

 昭が母親とともに東京へ引っ越すことになった。伝え聞いたときには唐突な感じがしたが、どうやら自宅の火事と、その後の一連の放火事件を憂慮した父親の判断らしかった。自分の携わっている仕事が近隣の者たちの反感を買っているとすれば、この先どんな恨みを向けられるか知れない。予期できぬ危険を避けるためにも妻と息子を都会に返すことにしたらしい。
 引っ越しの前に、健太郎は昭に会っておきたいと思った。学校では毎日顔を合わせていたが、級友たちの目もあってゆっくり話せない。それで放課後、一人で昭たちの住まいを訪れることにした。家事で焼け出されたあとは適当な借家が見つからないらしく、家族三人は父親の事務所に身を寄せていた。
 事務所のまわりには新しい建物が増えていた。町で不穏なことが起こっても、エランの研究と開発は予定通りに進んでいるらしい。外から声をかけると、戸口に出てきた昭は健太郎を見てちょっと驚いた顔をした。どうやら帰宅したばかりだったようだ。
「忙しいときにすまんな」と健太郎は言った。「引っ越しの準備やら大変やろう」
 昭はいくらか表情を和らげて、
「たいした荷物もないから」と言った。
「ちょっと話ができるか」
 昭はしばらく考える素振りを見せ、
「外でいいかな」と言った。「家のなかは散らかっているから」
 二人は出て川のほうへ歩きはじめた。この道は鉱山開発のために新しく造られたもので、ときどき大型のダンプや資材を積んだトラックが通る。だらだらと下る道を行くと川に出た。健太郎たちが魚釣りをする渓流からはかなり下流になり、川幅は広く流れも緩やかだった。いまはコンクリートの頑丈な橋が架かっているが、かつては何もない自然の川原で、夏には子どもたちが川遊びを楽しむ場所だった。
 橋のたもとを折れて、二人は川の土手を歩いていった。
「引っ越しはいつかの」歩きながら健太郎はたずねた。
「今度の土曜日」昭は機械的に答えた。「その日は学校を休んで、午前中には出発の予定だ」
「寂しくなるな」
 相手は黙って頷いたが、いかにもかたちだけの言葉を交わしている気がした。昭とは前からこんな感じだっただろうか。これまでどんな話をしてきたのか、ほとんど思い出せない。
「いまのところは狭くてね」気安い口調で昭が言った。「もともと宿直の人が寝泊りするだけの部屋だから」

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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