連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十三章

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13-5

 家のなかは静かだった。しかし静かだと思って耳を澄ますと、広くもない家のなかを何ものかが足音をしのばせて歩いている気がする。一人ではなく何人もが歩いている。死んだアツシの両親かもしれない、と気味の悪いほうに想像をめぐらせそうになる。
「この前、森のことを話しとったろう」健太郎は話題を変えて言った。「なせ、わしにそんなことを話したんか」
「仲間やけんな」素っ気なくも聞こえる声でアツシは答えた。
「なせわかる」
「わかるもんはわかる」
 堂々巡りで先へ進まない。
「おまえにもおかしなことが起こるのか」きわどいところへ足を踏み入れるようとしていることを自覚していながら、たずねずにはいられなかった。
「どんなことか」アツシは抑揚のない声が答えた。
「わからん」ひと呼吸置いて、「わしにはようわからん」と健太郎は間合いを切った。「うまいこと説明はできんが、自分が自分ではなくなっとるみたいなのよ。なんか別のものに姿を変えて、あちこちうろつきまわっとるらしい」
 暗い森のなかを幽霊のようにさまよっているものの姿が浮かんだ。
「野犬みたいにか」相手はさりげなく言葉を添えた。
 いつものようにじっと健太郎を見ている。その眼差しにさらされると、こちらの心の動きを悟られてはならないという頑なな気持ちになる。
「やっぱり何か知っとるのか」
「おまえが知りたいことは、おまえ自身がもう知っとるはずじゃ」すべて見透しているという口ぶりだった。「わしはおまえが知っとる以上のことは知らん」
「どんなことを知っとる」
「おまえが知っとることよ」
 またしても堂々巡りになりかける。
「おまえは自分が知っとることを、わしの口から聞きたいだけなのやろう」
 そうかもしれない、と健太郎は心のなかで肯った。
「おまえはわしのなかに森があると言うたな」議論になることを避けて話を進めた。「おまえのなかにも森があるんか」
「誰のなかにも森はある」アツシは当然のような口ぶりで言った。「森がなくては、おちおち死ぬこともできん。死んだあとどこへ行ってええかわからん」
 どこかで聞いた話だと思いながら、
「それならわしとおまえだけが特別に仲間というわけではないな」と相手の言ったことに揺さぶりをかけてみる。
「多くの者は自分のなかにある森のことを忘れよる」アツシは事実だけを告げる口調で言った。「忘れて世話もせずにおると、森は弱って小さくなって、しまいには見つけ出せんようになってしまう。そうなればわしらはもうどこへも行くことができん。どこへも行くことのできん人間ばかりが増えよる」

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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