連載書き下ろし小説
なお、この星の上に
写真:川上信也
プロデュース・ディレクション:東裕治
昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?
第十三章
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13-3
男たちが話をしているあいだ、健太郎は飲み差しの茶を入れ替えたり、菓子を出したりする手伝いをした。話が昭の父親のことに逸れたときは、自分が話題にされているように緊張した。同時に、村の男たちに軽い反感をおぼえた。
「まあ、うちにも外国で勉強したい言いよる娘がおるでな」健太郎の父が息子の心情を気遣うように話をほぐした。
「綾子ちゃんのことな」と誰かが応じた。
「近ごろは弁が立つようになって、家のなかでも手を焼いとる」そう言って、父はちらりと健太郎のほうを見た。
彼は居心地が悪くなって、そそくさと部屋を出た。
土曜日になった。午前中の授業が終わると急かれる思いで家に帰り、昼飯も早々に避病院へ向かった。アツシは時間を違えず約束の場所に現れた。まるで待ち伏せていたかのように、崩れかけた石塀にもたれて立っている。その姿を目にした瞬間、なぜか健太郎は弱みを握れている気がした。
「アツシ」こちらから声をかけた。
「来たな」相手は鷹揚に応じた。
「おまえに訊きたいことがある」
「家に行こう」
「ここでええ」
「落ち着いて話ができん」
すでに先に立って歩きはじめている。引きずられるようにしてあとにつづいた。前回と同様に「雲の平」の廃村へ向かっているらしい。途中の行程は意識にとどまらなかった。奇妙な反復感とともに、一週間前と同じ時間に自分がいるような気がした。
「野犬が村の牛を襲いよる」部屋に腰を下ろすなり、健太郎は前置きもなしに言った。「おまえ、なんか知っとらんか」
「わしが何を知っとるいうんか」アツシは薄笑いを浮かべてたずね返した。
「野犬のことよ。なせ急に牛を襲うようになったのか」
「よほど腹を減らしとるのやろ」本心ではないことが口ぶりにあらわれている。
「野犬が牛を襲うなど、前にはなかったことじゃ」健太郎のほうは真剣だった。「野犬を見ることさえめったになかった。犬は里で人と一緒に暮らす動物で、山に棲むものやない。まれに人に懐かんのが山に入って野犬になりよった。どういうわけで野犬が増えたのか、そこがわからん」
答えを期待したが、相手はいつまでも口を開かなかった。寝起きのような顔を薄日の差す窓のほうへ向けたまま、上の空な様子でぼんやりしている。
片山恭一
愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。
川上信也
1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。
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