連載書き下ろし小説
なお、この星の上に
写真:川上信也
プロデュース・ディレクション:東裕治
昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?
第十二章
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12-3
なぜか健太郎は自分の正体を見破られた気がした。
「歳が合わん」間に合わせの異論を口にした。
「歳が合わんとはどういうことか」武雄は不審そうにたずねた。
「あいつはわしらと同じぐらいの歳やった。体格からすると下かもしれん。戦争の落し子なら、もっと歳がいっとるはずやろう」庇うような言い方になっている。
「せいぜい五つか六つじゃろ」いかにも取るに足りないという口ぶりで武雄は言った。「もっと下もおるかもしれん。そのへんはようわからん。ろくに乳も与えられずに育てば、体格なんぞあてにならん。わしはどうも、あいつが戦争の落し子のような気がする」
「そんなら火付けも、あれの仕業か」健太郎は胸の鼓動が速まるのを感じた。
「そこまではわからん」武雄は何かを猶予するように答えた。
家に帰ると綾子が開口一番、灰拾いが釈放されたと言った。
「やっぱりガーグーは犯人やなかったな」
どうやら前に自分が主張していたことは忘れているらしい。
「おまえの民主主義は怪しいもんだの」と健太郎は皮肉を言った。
「なせか」
それには答えずに自分の部屋に引っ込んだ。不審火がつづいたおかげで、昭の家に火を付けたのが灰拾いではないことが証明されるかたちになった。すると誰の仕業なのか。放課後の話が心を離れなかった。父親を探してさまよい歩く戦争の落し子の話だ。町から町へ渡り歩きながら物を盗み、恨みもない家に火を付ける。おまえなのか。おまえが犯人なのか。なぜそんなことをする。何が目的だ。ただ火を付け、人を慄かせることか。
夕食の席では、夜まわりのことが話題になっていた。村の男たちが二人ひと組で家々のあいだを歩いてまわる。自警団に近い性格のものらしい。戦争のころに戻ったようだ、と母親は言った。あのころは毎夜の空襲に怯えたものだった。県内のめぼしい市や町は、ほとんどが被害に遭っていた。さすがに山奥の小さな村までは飛行機も来なかったが、頭上を飛んでいく戦闘機や爆撃機の姿は何度か目にしたことがある。空一面が覆い尽くされることもあった。
「波状攻撃いいよったかな、あとからあとから、ひっきりなしに飛んでくるみたいやった」
「なんぼぐらいおった」綾子が無邪気にたずねた。
「百か二百はおったんやないかな」
「大編隊やな」
「おかあちゃんは女学校でね、昼間は隣町の工場で勤労作業いうのをやらされよった」母親は昔語りに話しはじめた。「学校の授業もありよったけど勉強どころやなかったな。食べ物も乏しかったし、大人も子どももみんな疲れ果てとった」
片山恭一
愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。
川上信也
1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。
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