連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十二章

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12-2

 男ばかりで生活するわけだからな、と訳知り顔の者はつづけた。街から街へ、田や畑を荒らしながら行軍する。ろくに食べ物も持たずに歩きつづける。飢えた動物みたいに。無敵の肉食獣みたいにか? たしかに百姓や年寄りや女子どものなかでは無敵に違いない。それをいいことに狼藉をはたらく。無法の限りを尽くす。食べ物を手に入れ、ついでに女も手に入れる。子どもが生まれる。そいつはおまえの兄弟かもしれん。やめんか、と誰かが制した。
「そんな話は面白うない」
「聞きとうなけりゃあ聞かねばええ」
 数人が席を立った。再び静かになった教室で、訳知り顔の者が話しつづけた。この町にも落し子はやって来る。いつなんどき現れるかわからない。しばらく姿が見えなくなっても、またやって来る。繰り返し戻ってくる。この教室にも、と話し手が声を低めたとき、居残った者たちは示し合わせたように半開きの戸口のほうに目をやった。言葉が途切れると、内も外も静かだった。いつのまにか夜中に怖い話を語り合うような空気になっている。たしかに、これは大人たちに聞かれてはならない類の話だった。
「そういう者らが何をするか知っとるか」
 扇動者めいた役回りを引き受けることになった少年は問いを投げた。まわりの者たちは無言でつづきを待った。
「家に火を付けるのよ」
「なせ、そんなことをする」
「戦争の落し子とはそういうもんよ。人の家のもんを盗む。あちこちに火を付けてつけてまわる。落し子は自分がどうやって生まれてきたかを知っとる。とうちゃんがやったこと、かあちゃんがされたことを、今度は自分が実行する。悪いこととも思うとらん」
 放心したような時間が流れ、やがて誰からともなく勉強の道具をまとめはじめた。一人、また一人と教室を出ていく。口をきく者はいなかった。先ほどまで話していた生徒も、いまは痛々しいような顔で他の者たちに従った。
 校門を出たところで、健太郎は武雄と一緒になった。彼がいたことは、ほとんど頭になかった。あの場では、誰もがのっぺらぼうみたいに顔や個性を失っていた。自分も武雄ものっぺらぼうの一人だった。きわどい話にうつつを抜かしたという感じだけが残っていた。
「あいつのことやないかの」武雄は藪から棒に言った。
「なんのことか」うつろな気持ちのまま言葉を返すと、
「戦争の落し子よ」武雄はくぐもった声で答えた。「昭の家が火事になったとき焼け跡で見かけたやつがおったろう。あれは戦争の落し子やないかの」

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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