連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十一章

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 ぞっとするほど冷たい声だった。いったい何を言っているのだろう。なんの話をしているのか。それ以前に、いま話しているのは誰だろう。何ものが喋っているのだろう。外見は自分と同じ年格好の者だが、本当の声の主は、どこか別のところにいる気がした。正体を見極めようとして視線を向けると、その顔は厚い無関心に覆われている。本来の顔の上にもう一つ、そっくり同じ仮面をつけたような感じだった。それは何も語らず、何も訴えかけてこない。仮面には感情がない。喜怒哀楽がない。だが仮面の下にある顔も、やはり感情をもたず、喜怒哀楽を知らないのかもしれない。
「おまえの話はようわからん」切り上げるように言うと、
「そのうちわかるようになる」無表情な声が答えた。「わしらは人間の姿はしておるが、魂は人間ではない。深い森に棲むものたちの魂を持っとる。わしもおまえも……わしらは仲間だ」
 難しいことを簡単な言葉で言われている気がした。その言葉に誘われて、何かを必死になって考え出そうとする心持ちになったが、頭のなかでは何も思っていなかった。
「そろそろ帰らんと」
 立ち上がった健太郎を、少年は上目遣いに見た。
「また来るか」声に感情が戻った。
「どうかの」優柔不断な答え方になった。
「もう来んのか」
「道がわからん。途中で迷うかもしれん」
「避病院に来い。迎えに行ってやる」恩着せがましい言い方のなかに哀願の調子が混じった。
「曜日と時間を決めておくか」健太郎が歩み寄ると、
「そんな面倒はせんでええ」相手は突き放した。
「いつ来るかわからん者を、迎えに行かれんやろう」
「わしにはわかる」不可解なことを言った。
「なんがわかるのか」
「おまえのことが。いつも近くで見よる」
「やめんか」冗談めかすつもりが、言葉が真剣になっている。「気味が悪い」
「それなら曜日と時間を決めろ」相手は妥協するように言った。
「土曜はどうか」早く立ち去りたいばかりに答えた。「昼飯を済まして出てくる」
「わかった。今日と同じだの」
 足を踏み出した途端、長く歩き疲れたような疲労をおぼえた。外へ出たところで、家までの道のりを果てしないものに感じた。ぐずぐずしていると足が萎えてしまいそうだった。
「土曜だな」戸口から少年が言った。
 その声で弾みがついた。一つ頷くと、健太郎は振り切るように足を早めた。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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