連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十一章

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11-7

「なんがわかるんか」こらえきれずに顔を上げてたずねた。
 相手は答えなかった。かわりに何か悪いたくらみのようなものが浮かぶのを健太郎は見て取った。
「おまえにはわしがどんな人間に見える」少年は口調を変えてたずねた。
「普通の中学生に見える」うわべだけの言葉を返した。
「悪い者に見えるか」
「そうは見えん」目も合わせずに答えてから、さらに取り繕うように、「芋を喰わしてくれたしな」と付け加えた。
「油断させとって、おまえの首っ玉を掻き切るかもしれんぞ」
「脅かさんでくれ」
 健太郎は少年のほうへ向き直った。にやにや笑っている顔を想像したが、出くわしたのは暗闇から向けられたような荒涼とした眼差しだった。はじめて庭先に現れた夜のことを思い出した。あのときも同じ目で見られていた気がする。
「人間というのはしょうがないものよ」少年は大人びた口ぶりで言った。「わしは人間が嫌いじゃ。人間を憎んどる。おまえもそうやろう」
 いわれのない嫌疑をかけられている気がした。ふと新吾の次兄のことを想った。
「別に嫌いやない」と払ってから、「憎んでなどおらん」と念を押した。
「そうかの」
 少年は疑り深そうに健太郎の顔を見た。その目はどこか容赦のないものを含んでいて、見られている者の気持ちをざわつかせた。
「それなら、どうして森に惹かれる」
 その一言で、自分が追い詰められたのを感じた。何もかも知られている。心の奥底まで覗かれている。困難な深みに入り込んでいく気がした。助けを求めるように置き薬屋のポスターに目をやった。文字は読めたけれど書かれていることは意味をなさなかった。
「おまえのなかにも森があるやろう」相手は狙った獲物を追い詰めるように言った。
「なんのことか」とりあえず間合いを切った。
「わかっておるはずだ」突然、少年の声が変わった気がした。「わしらが追われてゆくもの、消えてゆくものであることが。森はもう、わしらのなかにしか残っとらん。人間に追われ、森のなかで息をひそめて暮らしておる」

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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