連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十一章

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11-5

 ぶっきらぼうな物言いに、現実味をうまく肉付けできずにいた。とりあえず卓袱台を挟んで腰を下ろすと、
「みんなか」おそるおそるの口調でたずねた。
「みんなじゃ」
「戦争か」
「とうちゃんはな。どっか南の島で死んだらしい」
「かあちゃんは」根掘り葉掘りの訊き方になっている。
「病気じゃ」言い捨てて、少年は部屋を出ていった。
 あらためて見ると殺風景な部屋だった。卓袱台の他には家具らしいものもない。その卓袱台は脚がぐらぐらする上に表面が撓んでいる。鴨居の上には家族の写真の一枚も掛かっていない。目につくものといえば、雨染みのついた壁に貼られた置き薬屋のポスターくらいだった。これでは暮らしぶりを想像しようもない。やがて少年が戻ってきた。両手に蒸したさつまいもを持っている。一つを健太郎に差し出した。
「飯はどうしとる」とたずねてみた。「毎日芋を喰うとるのか」
「イノシシやあるまいし」
 少年はすでに皮も剥かず芋に齧りついている。
「米はあるのか」
「ある」それ以上の詮索を拒むように言って、再び落ち着きなく部屋を出ていった。
 健太郎は芋を半分に割り、端のほうを少しだけ齧ってみた。蒸されてから時間が経っているらしく、芋は冷たくなっていた。しばらくすると、今度は大きな薬缶をぶら下げて戻って来た。畳に腰を下ろすと薬缶の口から直に飲んで、ようやく人心地がついたような長い息を吐いた。
「かあちゃんには悪いが、死んでもろうてよかったと思うとる」自然な流れで話に戻った。
「なせか」健太郎は芋を食べる手を止めてたずねた。
「かあちゃんが死なんかったら、わしのほうが死んどったかもしれん」と不穏なことを言った。
「どういうことか」
「わしを殺そうとしたことがある」
「かあちゃんがか」
 健太郎は時間を稼ぐように芋を喰った。
「ときどき頭がおかしゅうなりよった」少年は淡白な声で振り返った。「苦労し過ぎたのやと思う。とうちゃんが死んで、なんでも一人でせねばならんかったけんの」

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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