連載書き下ろし小説
なお、この星の上に
写真:川上信也
プロデュース・ディレクション:東裕治
昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?
第十章
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10-7
「別に、探しとりはせん」健太郎は口ごもるように答えた。
「そんなら、どうしてあとをつけてきた」
「誰もあとをつけてなどおらん」
「気のせいかの」そんなことは露ほども思っていないという口ぶりだったが、鷹揚に構えているので口論の流れにはならなかった。
「おまえ転校生か」相手の態度に誘われて率直な問いが口をついて出た。
「学校には行きよらん」と少年は言った。
「なせ行かん」
「関係ないことじゃ」ちょっと横柄な口調で言った。「おまえ、健太郎だろ」
名指されたほうは落ち着かない気分になった。
「わしの名前を知っとるのか」
「知っとる」
ますます気味が悪い。
「そういうおまえは誰か」警戒する構えになっていた。
「わしの名前か」相手は逸らすでもなく、「アツシじゃ」とあっさり明かした。
「どこに住んどる」
それには答えずに、
「明日の昼、避病院へ来い」と命ずるように言った。
「なせか」
「家に連れて行ってやる」
「避病院の近くなんか」
「怖いか」
少年は見透かすようにたずねた。むきになって打ち消すかわりに、
「時間は」と先へ進めた。
「昼飯を喰うたら出てこい。わしはずっとそこにおる」
明日は土曜日だ、とようやく思い至った。少年は顔を上げた。しばらくは何も言わず、ただ目を細めるようにして遠くを見ていた。道は集落を出て田んぼにかかろうとしている。稲が黄色く色づきはじめていた。川から水を引いているおかげで、稲は夏の日照りを乗り切ってなんとか育っている。田んぼのあいだを抜けると道はゆるやかな登りにかかり、傾斜地につくられた畑のなかを雑木林のほうへつづいていた。
「もう行くけん」と健太郎は言った。
「明日な」相手は素っ気なく答えた。
来た道を引き返しながら、「アツシ」と名乗った少年のことを考えていた。どう見ても自分と同じくらいの歳だ。いったい何者だろう。どうして学校へ行ってないのだろう。釈然としない気持ちで振り返ったとき、すでに少年の姿はなかった。
片山恭一
愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。
川上信也
1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。
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