連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十章

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10-2

 昭の家は半分ほどが黒く焼け焦げていた。庭木も何本か幹が黒くなっている。地面にはところどころに消火の際にかけられた水が溜まっていた。
「だいぶ焼けとるの」と武雄が言った。
「これでは人は住めんな」新吾が言葉を継いだ。
 自分の家が燃えるのを目の当たりにするのはどんな気持ちだろう、と健太郎は思った。住みはじめてから間のない借家とはいえ、動揺しなかったはずはない。呆然と眺める昭の目に、恐怖はなかっただろうか。
「これから昭はどうするんやろう」再び武雄が言った。
 言葉を返すかわりに健太郎は空を見上げた。すでに夕暮れの気配があった。そこに赤く焼けた昨夜の空が残っている気がした。切迫した空気は過去のものになっている。体験したわけでもない恐怖を、遠いざわめきのように感じた。急が報らされる。庭へ飛び出したとき、部屋のなかにいくつもの炎が揺れている。軒下の隙間から白煙が吹き出している。目にしたわけでもない光景に、かすかな怯えがまとわり付いてくる。
「そろそろ行くか」
 武雄の声で我に返った。無残に焼けただれた家は、もう何十年も前からここにありつづけているように見えた。
 焼け跡を離れようとしたとき、一人の少年の姿が目に入った。近くの家の塀に、いかにも投げやりな姿勢でもたれている。誰かを待っているわけではなさそうだ。眼差しはどこを見るともなく、中空をさまよっている。その様子はふてぶてしいというよりは、放心しているように見えた。
「誰かの」新吾が小声で言った。
「見たことないやつだの」武雄にはそれ以上の興味は湧かないようだった。
 三人は少年が立っている塀の前を通り過ぎた。新吾と武雄はそれぞれに短い視線を送りながらも、無視することにしたらしい。正体の知れない相手との面倒を避けたかったのだろう。健太郎は最初に目にしたときから似ていると思った。昨夜、庭先で出会った少年であることを、ほとんど確信していながらも声はかけなかった。新吾と武雄が一緒だったせいもある。二人に昨夜のことを知られたくなかった。なぜかわからない。健太郎は少年のことを秘匿ひとくしておきたかった。自分のなかにある暗い森に、そっとかくまっておきたかった。

 翌日、学校が終わったあと、健太郎は昭の母親が入院している病院へ行ってみることにした。新吾や武雄は誘わなかった。なんとなく自分一人で行ったほうがいいような気がした。怪我の程度もわからない相手を見舞うことへの遠慮もあった。二人にはあとで様子を知らせればいい。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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