連載書き下ろし小説
なお、この星の上に
写真:川上信也
プロデュース・ディレクション:東裕治
昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?
第十章
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10-1
朝、学校へ行く途中で、誰かが火事の話をしていた。内藤の家が燃えたという。昭のところだ。健太郎は軽い胸騒ぎを覚えた。詳しい情報を得たかったが、通学路ではそれ以上のことはわからない。朝のひんやりした空気のなかに煙の匂いが残っている気がした。
中学でも火事のことは話題になっていた。昭は学校を休んでいる。怪我などはしていないらしい。事情を知っていそうな者に話を聞いてまわった。誰の言うことも断片的だったが、つなぎ合わせるとおおよそのことがわかった。出火したのは夜中で、発見が早かったので全焼は免れた。隣町から消防車が駆けつけたときには、村の消防団の者たちが、大八車に乗せて曳いてきた手押し式のポンプであらかた火は消し止めていたという。
休み時間に豊と話をした。彼は夜中に半鐘の音を聞いたらしい。村のほぼ中心に鉄骨組の火の見櫓が建っている。塔の先端部分に見張り台のような狭いスペースが設けてあり、非常時にはそこに取り付けられた半鐘を打ち鳴らすことになっている。火事のほかに、川が増水して氾濫の危険性があるようなときにも鳴らされた。健太郎も何度か聞いたことはあるが、昨夜は気づかなかった。家が櫓から離れているせいだろうか。距離的にたいして変わらないところに住む豊は、半鐘の音で目が覚めたという。
「居間のほうへ行ったら親も起きてきとった」彼は夢の話でもするような口ぶりで言った。「火事はどこやろういうて、みんなで表に出てみたものの火は見えん。近くではないらしいいうことで、また寝てしもうた」
「昭はどこにおるのかの」健太郎が問いを向けると、
「町の病院やろう」と豊は言った。「母ちゃんが火傷をして運び込まれたらしい」
初耳だった。
「ひどいんか」
「そこまでは知らん」
担任に聞けばもう少し詳しいことがわかるかもしれないが、状況がわかったところで起こったことに変わりはない。とりあえず学校の帰りに、少しまわり道をして昭の家に寄ってみることにした。武雄と新吾にも声をかけた。一緒に昼飯を呼ばれてから、まだ半月ほどしか経っていない。あの親切な母親が、火傷で入院しているのは気の毒なことだった。三人は容態のことなどを話し合ったものの、乏しい情報では埒があかない。いずれ折りを見て見舞いに行こうと話はまとまった。
片山恭一
愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。
川上信也
1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。
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