連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第一章

1-8

   時ならぬ「エラン・ブーム」に町中が沸き立っていた。農業や林業以外に、これといった産業もない土地に住む者たちにとって、鉱床の発見はまさに降って湧いた僥倖ぎょうこうだった。大人たちは宝くじにでも当たったみたいに、「未来」や「科学」や「エネルギー」という言葉に熱狂した。町の名前を全国にPRしようと、役場は「エラン音頭」なるレコードを製作して販売した。観光土産として「エラン饅頭」、鉱石の粉末を釉薬ゆうやくにした「エラン焼き」などが登場し、都会からやって来た会社が万病に効力を発揮する健康器具としてエラン枕やエラン腹巻など、ほとんどインチキまがいの商品を売り出した。隣の町では、鉱石を湯船に入れたエラン風呂やエラン温泉が、珍しいものが好きな観光客を呼び込んでいるということだった。
 そのころになって健太郎たちは、あらためて夏に出会った老人のことが気になりはじめた。あの老人はどうなったのだろう。男の探していたものが、エランであったことは間違いない。彼は一人ひそかに、貴重な鉱物を探しまわっていたのだ。なぜ、このあたりの山に目をつけたのかはわからない。たんなる偶然なのか、何か信頼のおける情報でも手にしていたのか。いずれにしても老人は、きっと目当てのものを見つけたのだ。そして忽然こつぜんと姿を消した。
「殺されたのやないかの」と豊が言った。
「誰にか」
「ジープの男たちかもしれん」
 豊の推理はつぎのようなものだった。当局は、老人がエラン鉱床を探しまわっていることを知っていた。また発見した鉱床を、彼が一人占めするであろうことも見越していた。その上で、老人にエランを探させておいて、鉱床の発見が確認された時点で抹殺したというのである。
「なんのために、そんなことをする」
「エランは国全体のものやけん、爺さんに一人占めさせてはならん」
「爺さんを殺したのは警察か」
「そこまではわからん」
 冬がやって来るころになると、山のあちこちで発破の音が響くようになった。坑道の開削がはじまったのだ。音は健太郎たちの村まで聞こえてきた。その音を耳にするたびに彼は不思議な気分になった。石炭に換算すると何億トンにも相当するといわれた。国の将来を左右するとも言える有望なエネルギー源が、毎日のように遊んでいた山のなかに埋まっているという。坑道は何箇所かで同時に掘り進められていた。工事用のトラックが頻繁に町を通るようになり、そのための道路が整備された。

8/10

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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