連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第四章

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 緑が深くなっている。早春を賑わわせた野草、フキやゼンマイ、ツクシ、ワラビなどの季節は終わり、草花は夏へ向かう準備をはじめている。小さな花の蜜を求めて蝶たちが飛び交っている。そろそろ冬眠から目覚めたクサガメやヒキガエルが出てくるころだ。雑木林のなかから鳥たちの囀りが聞こえてくる。ウグイスの他にもたくさんの種類がいるらしい。
 中学校の遠足は、生徒数が少ないために全学年が一緒に出かける。特別に変わったところへ行くわけではない。いくらか遠方の山や川へ足を伸ばし、景色のいいところで弁当を食べるだけの面白みのないものだった。出発前に校庭で何点かの注意事項が伝達された。とくにマムシに注意すること、と教頭が言ったときには、生徒のあいだにざわめきが起こった。この時期、マムシは木の洞などに潜んでいることが多い。小学校の遠足では、不注意に手を入れた児童が噛まれるという事故も起こっているらしい。
「木の洞に手を入れるなど、肝試しで賞品をやると言われてもいやだの」そう言って、武雄は酢でも飲んだような顔をした。
「小学生は何をするやらわからんな」近くを歩いている新吾が大人びたことを言った。
「足元に隠れておったやつに飛びかかられたらどうにもならんぞ」心配性の豊が言葉を返した。
「歩く順番を決めておくか」武雄が言った。「わしが先頭で、豊が二番目じゃ」
「なせわしが二番目か」
「先頭を歩いとるもんがマムシを驚かしたら、マムシは二番目を歩いとるもんに噛みつく」
「噛みつかれるのはわしやないか」
「できるだけ草の生えとらんとこを行こう」新吾が現実的な提案をした。
「マムシに噛まれるような遠足はやめればええ」豊がもっともなことを言った。
 目的地は高原平という古戦場だった。このあたりでは昔から、領地をめぐって何度となく戦が繰り広げられてきたという。近くには古い首塚や地蔵があり、いまは枯れ沢になっているものの大刀洗川という地名も残る。
 最後の大規模な合戦は四百年ほど前、江戸幕府が開かれる少し前に起こった。領主が亡くなった機に乗じて、近隣の武将たちが兵を集めて城を攻めた。迎え撃つほうも援軍を求めて備えた。夜明け前にはじまった戦は午後までつづき、双方で千名近い戦死者を出したという。
 やがて弁当の時間になった。男は男、女は女で固まって食べるのが、小学校のころからのしきたりだった。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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