連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十六章

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 男たちの話していることが、健太郎の耳にも入ってきた。道すがら仕入れた情報を交換し合っているらしい。今日は山が静かだ、と誰かが言っていた。まるで山が死んでしまったようだ。耳を澄ましてみても、動いているものの気配がない。
「これは不吉やぞ。前にもこんなことがあった。中津川の五郎が流れ弾に当たったのも、やっぱりこんな日やった。みんな山が静かじゃと言い合いよった」
「あのときは熊と間違えられて撃たれたんやなかったかの」
「そんなことやったろう」
「なんが不吉なもんか」別の者が滅相もないという口ぶりで打ち消した。「風が通り過ぎて、お山の向こうへ走り去ったのよ。そういうときには山は静まるもんだ」
「そうかの」
「他になんかあるんか」
「口ではうまいこと言えん」
 健太郎の父は仁多さんや岩男さんと少し離れた場所で煙草を吸っていた。
「山の事故で誰かが怪我をしたり死んだりすれば、お山は静かなと感じられるもんよ」仁多さんが男たちの話を引き取って言った。「それはお山が静かなんやのうて、わしらの気持ちのほうが静かになっとる」
 思い当たるところがあるのか、三人はしばらく黙って煙草を吸っていた。
「わしらの犬がうまい具合に野犬を追うてくれるかの」岩男さんが気がかりを口にした。「なんぼ野犬いうても犬には違いない。犬同士で言ってみりゃ身内みたいなもんだろう」
「両方が一緒に出てきたとき、間違わんように野犬のほうを撃てるか、あんまり自信がないの」と健太郎の父が言った。
「散弾ではどっちに当たるかわからんな」そう言って岩男さんは自分が持っている銃に目をやった。
「かといってライフルですばしこい犬を撃つのも難しい」父がつなぐと、
「まあ、そのときはそのときよな」仁多さんが鷹揚に収めた。
 猟師たちが揃い、出発の時間が近づいていた。リーダーの男が無線で連絡をとっている。集まった男たちもいまは口数が少なく、いくらか緊張している様子だった。その緊張が健太郎にも伝わってくる。にわかに軍隊が招集されたようだった。彼らは隊列を整えて出撃を待っている。戦がはじまるのだ。誰もが残忍で、それでいて少し怯えた目をしている。
 いよいよ出発の時間になった。流れ弾に当たったりして危険なので、ここから先は狩りの関係者以外は立ち入れないことになっている。
「じゃあ行ってくる」
 父は言葉を残して歩きはじめた。その後ろ姿を見送るかたちになった。十数人の男たちが鉄砲を肩に担いで歩いていく。まるで隊列をなした兵士たちのようだった。鉄帽をかぶり足にゲートルを巻けば、いまこの場に戦場が立ち現れるだろう。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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