連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第一章

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 農家の生垣から、馬酔花あせびの白い花が顔を覗かせていた。庭先では梅が紅い花をつけている。牛がときどき間延びした鳴き声を上げた。春休みに入ったばかりの日曜だった。四人はほとんど喋らずに、大根や白菜が植えられた畑添いの道を歩いていった。畑の黒い土は、暖かそうな太陽の光を浴びている。
 山鳥を撃ちに行こうと言い出したのは武雄だった。カモばかり撃つのには飽きたという。撃つといっても、使うのは「ゴム管」と呼ばれる玩具のような用具で、「飽きた」というほど獲物が捕れるわけではない。しかし他の三人も、あまりスリルのないカモ撃ちよりは、山に入って獲物を狙うほうが面白そうだということで話がまとまった。
 彼らが持っているゴム管は、各自が手作りしたものだった。まずフレームにするために、丈夫な二股の木を探してくる。きれいなY字型になったものが理想だった。二股のあいだにゴム製のバンドを渡し、その張力によって小石を飛ばすという仕組みである。とくにゴムを引っ掛けるところは壊れやすいため、針金などの金属で補強する必要があった。ゴムはチューブ状のものを二重にして使うのが一般的で、熟練すれば四、五メートル先の空き缶くらいは撃てるようになる。
 その日、武雄が新たに製作してきたゴム管は、ちょっと特殊な仕様になっていた。バンドの部分に、自転車のタイヤに入っているゴム製のチューブが使ってある。フレームも通常の二倍ほどある大ぶりなもので、ゴムを掛けるところは、引き戸に使う金属製のレールで補強してある。
「おまえ、凝り過ぎじゃ」通常のゴム管を持ってきた新吾が呆れたように言った。
「かっこええだろ」武雄はいかにも得意げだった。
「たしかに威力はありそうだが」健太郎は半信半疑に言葉を挟んだ。
「ちゃんと命中するんか」
「まかしとけ」
「試してみたか」新吾がたずねた。
「うん、試した」
 武雄のところは父親が戦争で亡くなり、残された母親は未亡人会という組織の役員をしている。下に妹が二人いて、上の妹は健太郎の妹と同級生だった。武雄は中学を卒業したら猟師になると言っている。本人は真面目に考えているらしいが、担任の栗山は「ちゃんとした就職先を考えろ」とことあるごとに諭している。
 たしかに健太郎たちの村で、専業の猟師といえば吉右衛門爺さん一人だけだ。しかも歳をとって、ほとんど引退しているという話だった。この歌舞伎役者みたいな名前の爺さんのところに、武雄は中学を卒業したら弟子入りしたいと考えている。
「吉右衛門爺さんは、いろんなまじないが使えるぞ」
 武雄によると、それは呪文のようなものらしかった。獲物をおびき寄せるための呪文や、仕掛けた罠にイノシシやシカをかからせるための呪文があるらしい。
「人間にも使えるぞ」と不気味なことを口にした。「まじないをかけられた者は、山から出られんようになる。道がわからんようなってしまうのよ」
 健太郎たちのあいだで、吉右衛門爺さんは一つの伝説だった。まず年齢からして、はっきりしたことがわからない。九十歳以上と言う者もいたし、百歳を超えていると主張する者もいた。すでに死んでいるという説さえあった。
 遺体は死んだあとも腐らずに、いまも囲炉裏端にじっと坐っているという。吉右衛門爺さんの家は山奥の峡谷にある。山の切り立った斜面に石塁を積んで建てた小さな家に、一人で住んでいるということだが、生死さえはっきりしない爺さんのことだから確かなことはわからない。
「行ったことはあるんか」
 健太郎がたずねると、武雄はあるともないとも答えずに、
「家の壁には、百発百中の銃が掛けてあるのよ」と見てきたようなことを言うのだった。
 どうやら彼のなかで、吉右衛門爺さんは生死を超えて神格化された存在になっているらしい。
「自分にまじないをかけたのかもしれんな」と健太郎は言った。
「どういうことか」
「死んだあとも腐らずに坐っとるのは、まじないが利いとるんだろ」
 武雄は露骨に厭な顔をして、それ以上は吉右衛門爺さんのことを話題にしようとしなかった。

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片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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