連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第七章

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豊は案外しつこいところがある。「五、六人で山に入って、たしかいちばん若い県の職員がやられたんじゃなかったかの。あのとき学校の先生から、クマは逃げる者を襲うけん、絶対に逃げちゃならんと言われたのをおぼえとる」
「おまえの場合は腰が抜けて、逃げようと思しても逃げられん」武雄がそんな憎まれ口を叩くと、
「喰われるよりはええ」豊は平然と答えた。
 足取りに合わせて小刻みに息を吐く。新しい空気を吸い込む。そんなことを繰り返しているうちに、森が呼吸をしているのか、自分が呼吸をしているのかわからなくなる。彼自身が森の一部になる。森が彼のなかに入ってくる。暗い原始の森だ。その森は自分のなかにある、と健太郎は思った。
 深い森にはいろいろなものが棲み付いている。人も動物も、魔物も神も棲んでいる。森は危険な場所だ。同時に魅惑的な場所でもある。危険だとわかっていながら、ときどき自分から森に入って行きそうになる。意思に反して惹きつけられる。抗うことのできない力によって引き寄せられる。
 この暗い情熱はなんだろう、と健太郎は思った。操ろうとして操られ、制御しようとすると裏をかかれる。なすすべもなく引き寄せられていく。そこには至高のものがある。人を幸福にするものがある。人を破滅させるものもある。
 いつのまにか空が明るくなっていた。森が開けようとしている。そのことに健太郎は安堵した。明るい場所は好ましい。ものの形がはっきりして曖昧なところがない。光に照らし出された世界では、一つひとつのものに名前が付いている。名前の付いたものは安心だ。
「いま何時かの」武雄がたずねた。
 新吾はズボンのポケットから鎖の付いた懐中時計を取り出した。
「九時二十五分」
「まだそんな時間か」武雄は意外そうに言った。「もう昼近くかと思うたが」
「だいぶ歩いたけんの」新吾も合わせた。
「腹が減ったなあ」豊が言った。
 昼飯は新吾の兄が握り飯を持たせてくれている。固く握った大きなものが一人二個ずつなので、量としては充分だった。だが今日は、まだ行ったことのない北の尾根筋を探索することになっている。
「飯の時間には早いの」と新吾は言った。
 それには豊も異を唱えなかった。歩き通して疲れてもいたので、誰からともなく手近な石の上などに腰を下ろした。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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