連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第五章

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 内藤昭の家に招待されたのは、担任との面談が一通り終わったころだった。いつもの四人が一緒に招かれたが、豊だけは都合が悪いと言って来なかった。内藤の母親は休みの日などに、こうして息子の同級生を何人か一緒に家に招いていた。都会からやって来た息子が、早く新しい環境に溶け込めるための配慮なのだろうが、健太郎の見るところ、昭にかんしては無用な気遣いにも思えた。
 正午少し前に来るように言われている。昼ごはんを食べさせてもらえるらしい。どんな料理が出るのだろう。都会の人たちは自分たちとは違ったものを食べているはずだ、と武雄は言った。同じ日本だからそんなことはあるまい、と新吾は反論した。結論の出ないまま、いくらか畏まった面持ちで三人は門を入った。
 玄関先に箱型の郵便受けがあった。普通の家では見られない、色も形も洒落たものだった。
「なんか勝手が違うの」武雄が物珍しそうにあたりを見まわしながら言った。
 こちらから呼ぶ前に昭が家から出てきた。
「いらっしゃい」自然な口ぶりだった。
 招かれた者たちは三人が三様にぎくしゃくと頭を下げた。通されたところは応接間らしい部屋で、広さは六畳ほどだろうか。部屋の中ほどにカバーの掛かった円卓が置いてある。それを囲むようにして、三人は昭と一緒に腰を下ろした。
 光沢を放つ黒っぽい床板にはワックスがかけられている。武雄は落ち着かない素振りで部屋のなかを見まわしている。壁には立派な額に入った油絵が掛かっている。
「とうちゃんはおらんのか」まず武雄がたずねた。
「仕事に行っている」昭は当たり前のように答えた。
「日曜も仕事か」
「曜日は関係ないんだ」
「猟師と同じだの」武雄は納得したように頷いた。
「あれはなんという鳥かの」新吾が窓のところに吊るされている鳥かごをさしてたずねた。
「カナリア」
「このへんでは見かけん鳥だの」
 鮮やかなレモン色の鳥は、ときどき美しい声でさえずった。まるで別の国に来たみたいだ、と健太郎は思った。やがて母親が盆に載せた食事を持ってきた。
「お待たせ」気さくに言った。「こんなものでごめんなさいね。みなさんフレンチ・トーストはお好きかしら」
 三人は小さく顔を見交わした。好きも嫌いも、こんなものを目にするのははじめてだった。学校の給食で出される固く乾いたコッペパンとは外見からして大違いだ。部屋に通されたときから、いい匂いがしていたが、正体はこれだったのだ。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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