連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第四章

4-2

「うちの学校もヘンだの」豊が箸を遣いながら釈然としない顔で言った。
「何がヘンなんか」新吾がたずねた。
「わざわざ遠足でマムシが出るようなとこへ来てみりゃ、そこは古い合戦の跡だという」
「他にええ場所がないんじゃやろう」と新吾は言った。
「こういうところでは、昔からたくさんの人間が死んどる」豊は分別臭い口調で、誰かから聞き知ったらしい話をはじめた。「非業の死というやつよ。死にとうない者や死にきれん者、絶対に死なんと思いながら死んだ者、本当は死んどるのに死んだと思うちゃおらん者、そういう者らの魂がここに集まっとる。死んだ者が大勢集まると、生きとる者に悪さをするようになる」
 豊の話を聞いた三人はいくらか神妙な顔つきになった。
「飯が不味うなるような話だの」武雄が雑ぜ返すように言った。
 しばらく話題が途切れたのは、それぞれに死んだ人たちのことを考えていたせいかもしれない。高原平の古戦場に残る首塚の話は、健太郎も幼いころから聞かされてきた。合戦で討ち取った首は検分して、名のある武将の首は敵の城へ送り返して墓所に葬らせた。その他の首が、ここに葬られて供養されたと伝えられている。
「多賀清美は内藤に気があるじゃねえかの」藪から棒に新吾が言った。
 他の三人は夢から覚めた顔で新吾のほうを見た。
「クラスの女はみんな内藤に気があるんじゃねえかの」武雄がつまらなそうに返した。
「証拠はあるんか」豊が詰問の口調で言うと、
「清美は内藤に、勉強のことなどよう訊いとる」新吾はあっさりと答えた。
「そりゃあ、内藤は都会から来て、勉強のことはよう知っとるからやろう」豊はどこか自分を納得させるように言った。
「二学期からは、内藤が級長かもしれんの」武雄が言葉を挟んだ。
「そしたら健太郎は失脚だが」と新吾が言った。
「なんじゃ、そのシッキャクいうのは」武雄がたずねた。
「やめさせられることだわ」新吾は説明した。「うちの担任がそんな話をしよった。どこか外国の話らしい。政治のことは、ようわからん」
「わしはべつに失脚してもええ」健太郎は平然とした顔で言った。
「清美は副級長のまんまやろうな」新吾は話を進めた。
「女のなかでは清美がいちばん頭がええからな」武雄が言葉を添えた。
「そしたら内藤と清美はますます仲がようなる」
「将来は夫婦になるかもしれんの」
「やめんか、そんな話は」豊が苛立たしげに遮った。
「なにを怒っとる」新吾が不思議そうに言った。「ひょっとして豊は、清美に気があるんじぇねえか」
「馬鹿なこと言うなら、わしは怒るぞ」
「もう怒っとるが」と武雄が言った。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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