連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十八章

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18-6

「町で暮らそう思うたことはないのかと、前にたずねたことがあったな」古い文言を持ち出すように父は言った。「どうして辺鄙な山のなかの村でなど暮らしておるのか。そう思うのはもっともなことやろう。これからの若い者はどんどん都会に出て行くようにもなる。時代の流れからすると、どうしてもそうなる」
 父は遠くに目を細める仕草をした。それから昔話でもするような口ぶりで、
「古い村でな」と話を継いだ。「江戸時代よりもっと昔に遡るということは、戦国時代いうことになるかの。そのころから、ご先祖さんは村に住み着きなさった。以来、村の暮らしは途絶えることなくつづいてきた。それはなぜかといえば、やっぱり暮らしやすかったからやろう。不便なことはたくさんあった。田畑を拓くのは大変やったに違いない。怪我人や病人が出ても医者はおらん。子どもらを通わせる学校もない。だが住んどる者からすると、山に入れば薪でも山菜でもなんでもある。鉄砲が撃てれば獣も捕れる。鉄砲がなければ、源さんみたいに川に入って魚を捕まえることもできる」
 聞いているほうは夢遊の心地に引き込まれかけている。すると父はいくらか唐突な感じで、
「わしらのご先祖さんは、さっき話した鼻つまみ者みたいな人らやったのかもしれんの」とかなり飛躍した推量を口にした。「戦争がいやで逃げまわっとったような人らが、山の奥に身を潜めるようにして村を築いた。殺すのも殺されるのもいや、殺すほうにも殺されるほうにも身を置きたくないと思う人たちやったのかもしれん。村で長く暮らしておると、そんな気がしてくる」
 父の話から気持ちが逸れて、健太郎は別のことを考えていた。誰にも話していないことがある。これからも話すことはないだろう。気安く口にできることではない。伝えることの徒労と、話を受け取る人たちの反応を思うと、口を開く前から気持ちが萎えてくる。際どい話ではあった。正気を疑われるかもしれない。いずれにしてもまともに取られることはないだろう。
 あのとき目の前に現れた野犬をアツシだと思った。アツシが撃たれると思った。父が撃とうとしているのはアツシだ。自分よりも近しいもの、自分と一つのものが撃たれる。そう思ったとき、すでに野犬は父に喰らいついていた。その犬を、彼は撃つことができなかった。引き金を引いたのは間違いない。だが銃弾は、犬ではない別のものを貫いていた。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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