連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十六章

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 山狩りの計画は綿密に立てられた。どの区域を狩るか。そこに本当に野犬が潜伏しているのか。何人かの猟師たちが山に入り、野犬たちの残した痕跡を調べることになった。足跡や糞、野犬たちが襲ったと思われる動物の死骸、さらには近隣の村々の被害状況などから、おおよその行動範囲が割り出された。燃料公社の人間や鉱山で働く人夫たちも交えて、何度か打ち合わせのための会合がもたれた。会合には野犬の習性に詳しい専門家たちも参加しているということだった。
 大掛かりなものになりそうだった。これほどの山狩りが行われたことはかつてなかった。大勢の男たちが集められた。ほとんどは近隣の男たちだが、都会からやって来たハンターたちも混じっている。方法はイノシシ猟のときと同じである。数名の猟師が犬を連れて山に入る。彼らは勢子せことして野犬たちを追い立てる。現れた犬を下で待ち構えた猟師たちが仕留めるという寸法だ。
 通常のイノシシ猟は獲物が潜んでいそうな山を一つに絞り込み、それを取り囲むようにして行われる。参加するのは十数名の男たちと七、八頭の犬である。今回は幾つかの山を同時に攻めるため、集められた猟師たちは百人近くにのぼり、猟犬の数もそれに応じたものになっていた。山ごとに狩り組が編成され、リーダーが置かれた。それぞれの集合場所に猟師たちが集まったところで、狩りは一斉にはじめられることになっている。互いに連絡が取り合えるよう、リーダーたちは無線機を持たされていた。
 日曜日だったので、健太郎も父と一緒に様子を見に行くことにした。焚き火がたかれている集合場所には、すでに十人ほどの男たちが集まっていた。それぞれが単発や二連式の銃を持っている。大半は仕事着に地下足袋、脚絆きゃはんに軍手という出で立ちだ。リュックのなかには弁当や鉈などが入っている。
 父が編入された狩り組には、仁多さんや岩男さんのほか、何人かの見知った顔があった。
「あんな派手な格好をしとっては、獲物はみんな逃げてしまう」都会からやって来たらしいハンターの服装を見て、岩男さんが苦々しく言った。
 参加した者には日当が出ることになっている。さらに一頭仕留めるごとに報奨金が出るらしい。源さんは参加していなかった。源さんに鉄砲は似合わない。意外だったのは新吾の次兄が加わっていることだった。簡単に挨拶をすると、
「武雄が一緒に行くと言うて大変やった」次兄はいかにも困惑した声で打ち明けた。
「ずっとおるんですか」
「居着いてしもうてな。こっちも追い出すわけにはいかんし、いまでは自分の家みたいにして暮らしとる。まあ、いろいろ手伝うてくれるけん、助かりもするのやが」

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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