連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十二章

最初から読む <

12-6

「アツシ、おまえなのか? おまえが泣いているのか」
 こんな夜更けにただ一人、声を上げて泣いているのか。半分は眠ったままで、泣くだけ泣いて、朝には心が空っぽになっている。母親に殺されかけたと言っていた。本当は一緒に死のうとしたのではないだろうか。思い詰めて心中を図ったのではないだろうか。夫を亡くし、女手ひとつで子どもを育てることに困窮し、先の望みがないことに見切りをつけて。いや、それでも母親は生きようとしたのかもしれない。だが小さな子どもに顔を覗き込まれ、父親はどこのいるのかとたずねられたときに何かが途切れた。彼女を生につなぎとめていたものが見失われた。面相の変わった母親は、子どもを殺して自分も死のうとした……。
 いつのまにか村の外れまで来ていた。この先に人家はなく、道はゆるやかな勾配を保ったまま杉や檜の林のほうへつづいている。さすがに足を踏み入れることはためらわれた。少し欠けた月が出ていたが、その光も林のなかまでは入らない。入口あたりの木々がほんのり明るんで、そこから先は真っ暗だった。
 自分の気持ちとは無関係に足が出た。頭と身体に分離した感じがあって、放り出されるように足が勝手に動いていく。怖さは感じなかった。林のなかは静かだった。鳥や動物たちの声は聞こえない。ときおり風が吹くと、月の光に照らされている頭上の梢がざわめいた。それが収まると、あたりは一層深い静寂に包まれた。やがて目が慣れてくると、梢を透して落ちてくるかすかな光でも、おぼろげに物の姿が見分けられるようになった。地面は一面が羊歯などの植物で覆われている。そのなかに植林された木々が整然と立ち並んでいる。
 歩いていくにつれて、闇に吸い込まれていく気がした。人の手で植えられた林は、いつのまにか天然の森に変わっている。見られているという感じが強くなっていた。森が見ている。暗闇が見ている。見られているほうは暗闇に溶けていく。この自分が消えていく。魂がさらわれていく。ここに自分は昔いたのかもしれない。自分でないものとして。自分以前のものとして。懐かしさとは違う奇妙な帰属感があった。
 嗅覚が鋭敏になっている。遠くのかすかな匂いも嗅ぎ分けられそうだった。森の空気のなかを、いろいろな匂いが漂ってくる。いい匂い、悪い臭い、扇動的な匂い、危険な匂い。足取りも敏捷になっている。もう疲れは感じない。魂もどこかへ行ってしまった。暗闇のなかに何かが潜んでいる。森の奥のほうで犬に似た動物の鳴き声がした。互いに呼び交しながら近づいてくる。仲間を呼び寄せているのかもしれない。獣たちの気配が濃くなってくる。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

Copyright © bokuralab Design by Yuji Higashi