連載書き下ろし小説

なお、この星の上に

作:片山恭一

写真:川上信也

プロデュース・ディレクション:東裕治

昭和30年代はじめ、中国山地の山奥で未来のエネルギー資源とされる鉱床が発見される。全国的な注目を浴びて沸き立つ村の人たち、新しい考え方や価値観への戸惑い、変わっていく生活、失われていく伝統的な暮らし。そのなかを生きる健太郎を主人公とする4人の少年たち。彼らを取り巻く大人たち、自然、野生の動物。戦争の傷跡はなお色濃く残っている。死者の国と現世を往還する者たち。古い伝説とアニミズムの面影を残す世界で物語は幕を開ける。もう一つの「失われた時を求めて」。過去のものの無化、存在するものの交替。そのなかで少年たちは何を見出すのか?

第十一章

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 健太郎は釈然としない顔で頷いた。
「小さいころ、わしはたずねたことがある。とうちゃんはどこにおるのか」そこで顔を上げて、「死んだということが、まだようわからんかったのよ」と言葉を補った。「そしたらかあちゃんは、わしをこっぴどく叩いて部屋の隅へ突き飛ばした。怖い顔をして、今度そんなことを訊いたら承知せんと言う。わけがわからずに、なんと恐ろしい親かと思うた。まあ、かあちゃんにしてみれば、ただでさえ大変なのに、おかしなことを訊いて困らせるないうことやったのやろう。それからわしはできるだけかあちゃんに近づかんことにした。凶暴な動物と一緒に暮らしておるようなものよ。ほとんど話もせんかった。そのうちかあちゃんは病気になって、一日寝てばかりおるようになった。あとは弱る一方で、おかげで恐ろしい目にあうことはなかったが、最後は飯も喰わずに痩せて、骨と皮ばっかりになって死んでしもうた」
「気の毒なことやな」健太郎が言葉を向けると、
「気の毒かどうかわからん」少年はさばさばした声で返した。「死んだほうが幸せやったかもしれん」
「それで、どうした」
「火を付けて、家もろとも燃やしてしもうた」
 健太郎は相手の顔をまじまじと見た。
「乱暴なことをするの」
「どうせ壊すしかないボロ家じゃ」少年はこともなげに言った。「人が住んどらん家は他になんぼもある」
 健太郎は卓袱台の上の薬缶を取り上げ、少年と同じように口から直に飲んだ。なかはただの水だった。手持ち無沙汰に部屋のなかを見まわしてみる。目にとまるものといえば置き薬屋のポスターくらいだった。若い女の絵が描かれたポスターは日に焼けて黄色くなっている。四隅をとめる画鋲の一つがなくなって、右下の端がめくれ返っている。よほど長く貼られているのだろう、ポスターの下だけ壁の色が少し濃かった。
 ふと自分に注がれる眼差しを感じて振り向くと、
「おまえ、森から来たのやろう」少年は待ち構えていたように言った。
「おかしなことを言う」つくり笑いを浮かべようとしたがうまくいかなかった。
「臭いがするぞ」相手は真っ直ぐに言葉を繰り出してきた。「木と土の匂い、それに獣たちの匂いじゃ……わしにはわかる」
 見透かされている気がして、思わず目を伏せた。少年はじっと見ている。いつまでも無遠慮に、執拗に見ている。

片山恭一

愛媛県宇和島市生まれ、福岡県福岡市在住。小説家。九州大学農学部農政経済学科卒業。同大学院修士課程を経て、博士課程中退。大学院在学中の1986年、『気配』で文学界新人賞を受賞しデビュー。しかしその後1995年の『きみの知らないところで世界は動く』まで作品が単行本化されない不遇の時期を過ごす。代表作は、故郷の宇和島市を舞台にした『世界の中心で、愛をさけぶ』。2001年に出版、2004年5月には発行部数が国内単行本最多記録の306万部となった。

川上信也

1971年 愛媛県松山市生まれ。福岡および大分県竹田市白丹を拠点とするフリーのフォトグラファー。福岡大学建築学科卒業後、大分県くじゅうの法華院温泉山荘に1997年より5年間勤務。その間にくじゅうの風景写真、アジアの旅風景を撮り続ける。その後、プロ活動を開始し、様々な雑誌撮影に関わり、風景のみならず、自然光を生かしたポートレート、料理などの撮影を行う。定期的に写真集を出版し、写真展やトークショーも開催。

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